2013.08.10    カテゴリ:  古い絵はがき 

   (熊本名勝)江津湖の清遊

 
この絵はがきは印刷が少々粗く、分かりづらいです。

土橋を馬が渡り、
手前の舟3艘には学生のような人が4人ずつ乗っています。

[熊本名勝]江津湖の清遊
(クリックで拡大します)


石組みの護岸や、土手の大きなエノキも見て取ることができます。




この絵はがきの通信欄をみると、
①通信欄の罫線が2分の1、②郵便はがきの文字が「きかは便郵」という特徴から、
大正7年(1918年)~昭和7年(1932年)の絵はがきと推定できます。




参考:
パンダ放送局 絵葉書の通信面から発行年代を推定する
探検コム 古い絵葉書の時代判別法

2013.06.22    カテゴリ:  古い絵はがき 

   古い絵はがき~ 熊本百景 江津湖の風光

  

大正2年(1913年)~大正6年(1917年)ごろのものと
推定される絵はがきです。


やや右手に下江津湖の中の島が、
その背後に飯田山が見えます。

130529江津湖の風光2
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中央の三艘の舟は並んで何か作業をしている様子です。
藻とり舟でしょうか。



2013.05.29    カテゴリ:  古い絵はがき 

   (熊本百景)江津湖の眞景

 
下江津湖で投網を引き上げている光景です。




船首で投網を持つ人のいでたちは、
なんだか漁師ではなさそうです。


130529古絵葉書_江津湖の眞景2
(クリックで拡大します)


森に囲まれ穏やかな水面の江津湖は、
なんとのどかなのでしょう。
そして、投網には何がかかっているのでしょう。



ここには掲載しておりませんが、
通信欄の特徴から、絵はがきの年代が推定できるようです。

この絵はがきの場合、
①通信欄の罫線が2分の1、②郵便はがきの文字が「きかは便郵」、③田沢切手、
という特徴から、大正7年(1918年)~昭和7年(1932年)の絵はがきと推定されました。


参考:
パンダ放送局 絵葉書の通信面から発行年代を推定する
探検コム 古い絵葉書の時代判別法

2012.03.11    カテゴリ:  古い絵はがき 

   古い絵はがき(上江津湖4枚)

古い絵はがき4枚。
クリックすると拡大されます。


(熊本百景)江津湖の一部
絵はがき_江津湖の一部


(熊本百景)水前寺下流江津湖の景
絵はがき25-水前寺下流江津湖の景


(熊本百景)水郷水前寺の下流・江津湖の景
絵はがき03-水郷水前寺の下流・江津湖の景


観光の熊本 画津湖
絵はがき10-画津湖


2012/03/11

2011.08.10    カテゴリ:  古い絵はがき 

   絵はがき~舟遊に釣漁に親しみ深き水郷江津湖~

資格試験の筆記が終わりやっと一息。



この絵はがきは、
夏か初秋だろうか。

鮮やかな色づけで、
江津湖の雰囲気がよく出ている。

絵はがき-舟遊に釣漁に親しみ深き水郷江津湖
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2011.06.06    カテゴリ:  古い絵はがき 

   古い絵はがき(水郷水前寺の下流・江津湖の景)

ついに北部九州も梅雨入りして、
蒸し暑い季節になった。


時には、
冷たい清流に飛び込みたい。

絵はがき11-水郷水前寺の下流・江津湖の景
絵はがき15-水郷水前寺の下流・江津湖の景

写真は、
飛び込み台が多いこと、漁の風景がみえないことから、
明治か大正初期の上江津湖だろう。

2010.12.23    カテゴリ:  古い絵はがき 

   古い絵はがき~湖岸の田んぼ~

明治時代か大正時代初期の江津湖を撮した絵はがき。

中ノ島が見えるので,下江津湖右岸左岸を撮影したもの。

絵はがき-下江津湖岸の水田-200


湖岸に水田があり,もちろんほ場整備などはされているはずもない。

個人的には,素晴らしい光景だと思う。
一雨降れば,フナでもドジョウでもすぐに田んぼに入って,
産卵できる。



葉書に押されているスタンプは,
「熊本国産共進会 記念 大正4年」。

旧画図村は,昭和7年(1932年)に熊本市に合併されているので,
この時代の江津湖は,まだ熊本市ではなかったのだ。

不思議な感じがする。



参考:
熊本市上下水道局

2010.10.30    カテゴリ:  古い絵はがき 

   江津川の夏

「江津川の夏」というタイトルの古い絵はがき。

江津塘から芭蕉園の下流にある,夫婦岩付近を
撮ったものと思われる。

江津川の夏(熊本百景)200
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セミの鳴き声と,水の冷たさが伝わってきそうな写真だ。

それにしても,床の高いこの建物は
一体なんだろう??

どなたか,ぜひ教えてください。



2010.07.03    カテゴリ:  古い絵はがき 

   中ノ島と飯田山

古い絵はがきでは,かつての中ノ島あたりの下江津湖を見ることができる。
明治時代のものと思われる。

絵はがき04-風光明媚なる画図湖の眺望
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絵はがき07-画津湖
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絵はがき12-水前寺下流の江津湖
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絵はがき20-水前寺の下流江津湖の景
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背景には飯田山が写っていて,撮影位置を確かめる目印になる。
当時の中ノ島は箱庭のように小さい。右岸側の水路も今よりずっと狭い。

清水正元氏著の「澄んだ湖をつくる~阿蘇山麓からの提言~(朝日新聞社)」には,昭和11年頃の中ノ島の様子が,次のように書かれている。

「当時,下江津湖の中ノ島は水位が下がると江津塘と陸続きになっていて,二,三本のエノキとアキニレが生えていた。高さ数メートル,茎の直径は10センチあまりに過ぎなかった。画図橋(当時は下江津橋)の方からみると,エノキの株下がこんもりとマンジュウ形に盛り上がって,水が多い時は裾を水面に静かに広げた小さい島であった。~(中略)~その後,昭和五十五年,四十年ぶりに熊本に帰って訪れた中ノ島は,昔とすっかり変わってしまっていた。昔のエノキは大空に聳えて島を覆い,茎は直径五〇センチ以上にもなっていた。全島竹の林となって江津塘から切り離され,周囲を石垣で囲んであった。既に中ノ島はキタミソウが生育できる環境ではなくなっていた・・」


絵はがき22-水前寺の下流江津湖の景
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絵はがき27-江津湖中島の景
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絵はがき-江津湖(木舟)
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私の父たちも,こどもの頃は中ノ島あたりで泳いでいたという。

今ではすっかり水上の森のようになり,サギのねぐらになっている中ノ島。何度か上陸したことがあるが,石積みで護岸された部分があり,父の時代に売店があったというのもうなずけた。

中ノ島と飯田山091012
↑クリックで拡大 現在の中ノ島と飯田山 2009/10/12撮影 下江津湖にて


参考文献:阿蘇山麓からの提言 澄んだ湖をつくる 清水正元著 朝日新聞社

2009.11.26    カテゴリ:  古い絵はがき 

   古い絵はがき(江津湖の釣り船)

絵はがき05-江津湖の釣り船
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コイかフナか、ハヤか、こんな釣りも良さそうだ。
今よりももっともっと水がきれいだったと想像できる。

絵はがき17-水郷水前寺の下流・江津湖の景
(↑クリックで拡大)

釣り舟が多い。
仕事用の舟もあったのだろうけど、みんな楽しんでいたのだ。見習わんと。



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