2017.04.21    カテゴリ:  古人に学ぶ 

   画津湖の朝 海老原喜之助作

 
 
 
画津湖の朝


海老原喜之助作 画津湖の朝

2017.03.11    カテゴリ:  古人に学ぶ 

   竪山南風「魚楽図」

 
  
魚楽図は、熊本市出身で昭和の代表的な日本画家である堅山南風(明治20年~昭和55年)が大正15年(1926年)に江津湖畔で描いた5連作。
横浜美術館が所蔵しています。



鮒(ふな)
魚楽図_鮒700



朱(しゅ)ビンタ
魚楽図_朱ビンタ700



イダ
魚楽図_イダ700



蜻蜒(せいてい)
魚楽図_蜻蛉700



鰷魚(じょうぎょ)
魚楽図_ハヤ魚700





出典:
美術特集 竪山南風.アサヒグラフ別冊 第九巻第三号.昭和五八年八月十五日.朝日新聞社

2015.08.08    カテゴリ:  古人に学ぶ 

   居つきのがねかも

 
70才をとうに過ぎた父から、昨年の秋頃にウナギの話をききました。

昔から江津湖のそばで暮らす父は、祖父に連れられウナギの穴釣りによくいったといいます。
その父によると、地元では江津湖に居つくウナギを「がねかも」と呼んだそうです。
「がね」は蟹のことでしょうか。

「がねかも」は頭部が幅広い一方で、移動してやってくるウナギは頭部が三角形で割と細いそうです。
食べている餌の違いによるのかも知れません。


私はウナギを見ることが少ないため頭の形まで考えが及んでいませんが、
ウナギを見慣れた人には当然のことなのかも知れません。


びくのウナギ120408



2012/04/08撮影 江津湖にて

2015.06.08    カテゴリ:  古人に学ぶ 

   堅山南風 想い出のままに 魚描談抄より抜粋

日本画家堅山南風(明治20年~昭和55年)は「想い出のままに」の中で、
江津湖を次のように書いている。


以下、引用。





『江津湖というのは私の郷里熊本のさして大きくはないが、
水の美しさと清澄さ、数多の淡水魚の豊富さとで有名な湖である。

阿蘇山がその水源地といわれ、水前寺という川が、
山麓の森林地帯の地下水を集めて楽し気なせせらぎの音を立て乍ら、
江津湖へ流れ注いで、湖水は何時も溢れるばかりの水をたたえている。

江津湖は一名画図湖ともいう。それは画のように美しいというところから出たものであろう。
この湖水の特徴は何よりもその水の清澄さであって、湖底は比較的浅いのであるが、
水面から、水藻や、小石や、小さな魚等の遊泳しているのやが
手にとるように透かし見る事が出来る程だ。

一体にこの地方は江津湖や水前寺川のみならず、
到るところに沼沢や小川があって宛然一大水郷をなしている。
従って魚心あれば水心・・・・・ではない、水心あれば魚心という具合で、
夥しい川魚が棲息している。こんなところに育った関係から私は幼時から水と魚を相手に暮らして来たと言っても誇張ではない。

素晴らしい美人や、美しい草花、それ等に増して「魚」を賛美するもの、それは私に取って自然な事だ。』



引用:
想い出のままに 堅山南風 昭和57年9月10日発行 p.33 魚描談抄

2012.11.12    カテゴリ:  古人に学ぶ 

   小橋一雄 折ふしの記 ”川ざかな”より抜粋 (たぼあみ)

子供にとって、
網を使って自分の力で魚を捕まえる遊びは楽しいものです。

私は子供の頃よく、前島釣具店で直径30cmほどの白い網を買って
魚捕りをしていました。
網の値段が350円ほどでしたでしょうか。子供にとっては安くない金額でした。


それよりもっと小さな頃は、
竹で編まれたザルでエビなどをすくっていました。
竹のザルがない場合は、台所から金属やプラスチックのザルを持ち出し、
祖母に何度も怒られたものでした。

子供は魚捕りのことしか考えておりませんので、
いくら怒っても無駄なのです。今になってよく分かります。



1900年(明治33年)生まれの小橋一雄氏の「折ふしの記」にも、
楽しげな魚捕りの様子が書かれていますのでご紹介します。


以下、「折ふしの記」より引用。

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 たぼあみ


 たぼあみというのは、極端にまげた洋弓のように木をまげ、木の両端に強い糸を縛りつけ、
たるみをつけて「あみ」を張り、魚をすくえるようにしたもの。

 川岸の「草むら」に「あみ」をあてがい、左足で草むらの中をかきまわすと、
中にいる魚達が「あみ」の中に飛び込んでくる。

 雨が降って、水が濁った時などは「たぼあみ」で獲るのが一番戦果を挙げるし、
大物(うなぎ、鯉、鮒、なまず、ドンカッチョ等)が獲れる。


 ある時、近くの川上(ショウケボリ)で、大きな手ごたえがあったので、
大うなぎかと喜びいさんで持ち上げたら、大きな蛇が、ヌルヌル動いていた。

 驚いた私は、崖の上に「たぼあみ」を投げあげ、崖を登って見ると「あみ」が上になってあばれていた。
竹棒でやっつけ、家に帰って祖父に話したら、

「自分の友人で、うなぎを釣りあげると、必ず、その頭をかみつぶして『ビク』に押込む習慣の人が、ある時、夜釣りから帰って『ビク』をあけたら、蛇が一匹入っていた・・・・・」

 と聞かされた。それからは、夜釣りはなるたけ止める事にした。


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2012/09/23撮影 江津湖にて



引用:
折ふしの記 小橋一雄 昭和53年3月31日初版発行 p.136 川ざかな-たぼあみ-

2012.09.22    カテゴリ:  古人に学ぶ 

   鮒ずしとかすていら饅頭

津々堂さまのブログ「津々堂のたわごと日録」に
江津湖の鮒ずしの話が出ています。
(リンク→http://blog.goo.ne.jp/shinshindoh/e/9c08b4614f2dad93550d07c90ad13694

自分が古い書状などを読む力がないこともあり、
非常に興味深い解説でした。

ginbuna120728.jpg
E-620 ZD14-54Ⅱ f10 1/80秒 ISO400 2012/07/28撮影


さて、先日父が来福したときに、
井手製菓のかすていら饅頭をどっさり持ってきてくれました。

井手製菓は、出水小どおりとカッパ堀が交差するところにあります。
加勢橋(旧砂取橋)から歩いて10分足らずです。

kasuteramanjyuu.jpg


昔はアイスクリームも売っており、
自宅からすぐ近くだったためによくアイスを買いました。



また、今はありませんが、
東浜屋から東へ3軒ほどいったところに駄菓子屋がありました。
そこのおばあさん手作りの串団子が絶品で、
よく祖母に買いました。


もっとも、江津湖で一番身近な菓子屋といえば、
ぞうさんプールの角にあった店でした。
菓子、アイス、カップ麺、釣具など、
ここもよくお世話になったものですが、現在は閉まっています。

前島つり具も閉まり、なかなか寂しい状況ですが、
現在はその分、コンビニやしゃれたカフェが繁盛しているようです。


子供だけで江津湖へ釣りに行くことも少なくなったのでしょう。





2012.08.12    カテゴリ:  古人に学ぶ 

   川まつり

上江津湖の江津塘を歩く。

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ここには毎年7月頃
川まつりの飾りつけがある。

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川まつりについては、
俳人中村汀女さんが「水郷画図の歴史」にこう書いている。
以下引用。


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川まつりと宮籠りも子供の頃の想い出の行事でしたね。

産土(うぶすな)の神に、夕方からお弁当を持って行って、男の子女の子別々に籠って、まあ遊んだんでしょうね。かしら(頭)は十五歳まで、そのかしらが熊本へ行ってアメ玉を買ってくるのよ。それを分けてくれるんだけど、かしらは少し余計とるのよ。それが宮籠り。

川まつりは、ね。皆の家から二合半マス一杯の米を持ち寄って、ある家でごはんを炊き、具めし、混ぜめしを作ってね。先輩に連れられて舟に乗るの。お茶も持って行ったかな。ウリを買ってきて、竹を切ってそのウリを下げて川の中に立てるの。お神酒は川の中に注いだかな。
ようと食べた。三杯ずつ、皆で食べるとおいしかったな。これが川開きで、川を大事にしたわけよね。

よく泳ぎましたよ。海水着なんかないから裸でね。水に入る時、こう(両手で)水をはねて「カッパさんカッパさん」と言って入って、ね。あがる時は「カッパさんカッパさんあがり水ですばい」と言ってね。
一種の儀礼だったのでしょうね。


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2012/07/28撮影 江津湖にて

引用:
水郷画図の歴史(1985年 画図町史刊行会)p.272

2012.07.23    カテゴリ:  古人に学ぶ 

   小橋一雄 折ふしの記 ”川ざかな”より抜粋 (穴釣り)

小橋一雄氏著の「折ふしの記」より引用

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 穴釣り


 二尺位の細い釣り竿に、ウナギ針を短くつけ、ミミズを刺し、川岸のウナギのいそうな崖穴に突っ込む。奥の方でグイと手ごたえがあったら、ソロリソロリ手元に引っぱりよせ、左手の人差指、薬指、中指の間にウナギを引っぱり込む。
 
 指で胴の処をキュッとしめつけ、動けないようにしてから、右手で針を取り、左手で腰の「ビク」に押し込む。もし「カニ」が食いついた時は、穴の口もとまで引きよせ、カニの甲羅が三分の一位出たとき、左手の「モリ」でグサッと突きさして獲る。優越感と言うか、征服感と言うか、何とも言えない嬉しさがこみあげてくる。



びくのウナギ120408
2012/04/08撮影 江津湖にて



引用:
折ふしの記 小橋一雄 昭和53年3月31日初版発行 p.134 川ざかな-穴釣り-

2012.07.21    カテゴリ:  古人に学ぶ 

   小橋一雄 折ふしの記 ”川ざかな”より抜粋 (張り込み)

小橋一雄氏著の「折ふしの記」より引用

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 張り込み(流しばり)


 八寸位の竹を杭のようにけずり、五尺位の丈夫な釣り糸を杭の上部に縛りつけ、ミミズを切らずに一匹のまま針につけ、夕刻、魚の集まりそうな「草むら」の中に杭をさし、糸は流しっぱなしにする。ミミズがクニャクニャうごめいているので、大きな魚(鯉、ウナギ、ナマズ、ドンカッチョ、大鮒等)が食いつく。
 
 翌朝、早起きをして引きあげ、手応えがあった時の嬉しさは何とも言えない。反対に、針が切られたり、餌が取られ、針だけブランとしている時は、何とも言えない淋しさを感じさせられる。

 誰か、私より早く来た者が、盗んだのかと思って、近くにある他人のものを引きあげてみると、魚がかかっているので、盗まれたのではない事がわかるが、うらやましさを感じる。

 収穫が少ない時は、早く起きた特権のような気持で、人の魚を失敬することがある。
 反対に、やられる事もあるので、早く起きるのが絶対的必要条件だった。祖父は、早起き訓練の意味で、これをやらせたと思う。



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2011/05/21撮影 江津湖にて




引用:
折ふしの記 小橋一雄 昭和53年3月31日初版発行 p.134 川ざかな-張り込み(流しばり)-


2012.07.20    カテゴリ:  古人に学ぶ 

   小橋一雄 折ふしの記 ”川ざかな”より抜粋 (釣り)

小橋一雄氏著の「折ふしの記」より引用

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川ざかな

 幼少の頃、病気ばかりしていたので、小学五年になった春、祖父母に連れられて郷里熊本に行き、祖父から肥後流の鍛錬を受ける事になった。
 食べものの好き嫌いをなくす訓練、薄着の訓練、精神力の鍛錬、剣道の訓練、読み物の制限等々沢山あったが、その一つとして、川ざかなを獲る訓練があった。

 祖父は色々の獲り方を教えてくれた。


 釣り

 餌はミミズを使ったが、時々小さな「川えび」をザルで取り、丸いフタのついた壺のようなガラスの「オシロイビン」に入れ、熱湯をそそぐと、赤く煮え香りが出てくるので、魚が良く釣れた。

 ミミズの妙な臭いが嫌いだったので、この餌を使うことが多かった。私の屋敷は、水前寺公園の隣り(現在の料亭陣屋)だったので、庭の池は公園と同じように湧水だった。

 屋敷の中を流れる川も、川下の江津湖も、谷川のように水が澄んでいたので、釣れる魚は「アブラメ」「ドンカッチョ」「ヤマメ」等、谷川にいる魚が多かった。勿論、鯉や鮒もいた。

 「ハヤ」も沢山いた。夕刻、水面に浮かんで泡を立てているとき、羽のようなものが針のツケネについている「カガシバリ」を使った。「ピュッ」と針を投げこむと、虫と間違えてパクつく。それをヒッカケ、左手の「スクイアミ」で受けとった。手がよごれないので、風呂あがりによくやったものだ。


江津川の小魚120408
2012/04/08撮影 加勢川にて

  (中略)

《付記》
 幼少の頃の想い出ですから、名称その他色々間違ったところが沢山あると思います。何か、間違っていましたらご訂正願います。また、私の知らない獲り方がありましたらお聞かせ願います。必ず、変わった方法が沢山あったと思います。




引用:
折ふしの記 小橋一雄 昭和53年3月31日初版発行 p.133 川ざかな-釣り-



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