2017.08.14    カテゴリ:  江津湖周辺地域 

   堅山南風の鳴龍

 
 
中学の時、部活でお世話になった熊本市総合体育館に行きました。
この体育館は江津湖のすぐそばにあり、震災後はしばらく避難所になっていました。



今回は、ここのホールの天井に飾られている、堅山南風作「鳴龍(なきりゅう)」の下絵を見に行ったのでした。

鳴龍170813-164熊本市総合体育館700
E-620 ZD ED 8mm Fisheye f5.6 1/80秒 ISO500



この絵は体育館開館時からずっと展示してあるそうなのですが、今まで見た記憶があるような無いような。
興味が全くなかったのでしょう。

意外とすごい体育館です。

鳴龍170813-173熊本市総合体育館700
E-620 ZD ED 8mm Fisheye f7.1 1/200秒 ISO200


2017/8月撮影 熊本市総合体育館にて

2016.08.14    カテゴリ:  江津湖周辺地域 

   野田堰

 
江津湖から下ること約7km、加勢川にある野田堰を見ました。
かんがい期に野田堰が堰上げられることで、江津湖の水位が40cm上昇するそうです。季節的な湧水量の変化に加え、野田堰のゲート調整により江津湖の水位が決まるのですね。


野田堰160813-233_700pixle
野田堰160813-243_700pixle






かんがい期である夏の江津湖神水です。
湧水が満々と湛えられています。

江津湖神水160813-261_700pixle



今後、加勢川の浚渫工事に伴って江津湖の水位が下がらないように、野田堰を常時堰上げる計画があるようです。
これによって江津湖の季節的な水位変動が実際にどうなるのか、水位変動のある水辺でみられるキタミソウなどの植物、その他の沈水植物や魚類などが実際どうなるのか、気になるところです。


2016/8月撮影 加勢川、江津湖にて
参考:今辻ほか「熊本水前寺・江津湖における湧水の変動とそのメカニズムについて」東海大学紀要産業工学部1(2008年):46~52頁

2015.11.10    カテゴリ:  江津湖周辺地域 

   熊日新聞『リヤカー行商60年 熊本市・千馬さん写真集に』

平成27年11月10日のくまにちコムより、
リンク→ 『リヤカー行商60年 熊本市・千馬さん写真集に』


リヤカーに青果などを積んで水前寺や出水あたりを行商する、千馬和さん(87歳)の記事。

このおばあさんはもう87歳にもなられるのか。
私が小学生の頃、もう30年も前になりますが、出水小学校の前でリアカーを引いておられました。

数年前に同じく出水小通りにてお見かけしたことがありました。
すごく存在感がある方です。



写真はわが母校、出水小学校と出水村役場跡。

出水小150920

出水村役場跡150920-005




2015/9月撮影 出水小通りにて

2013.06.02    カテゴリ:  江津湖周辺地域 

   カマツカ(2013年5月)


大型のカマツカがいました。
20cm近いです。

130504-136.jpg
E-620 ZD14-54mmⅡ(54) f10 1/160秒 ISO800



横にもう一個体、砂に潜っています。
目玉が見えていますね。

130504-135.jpg
E-620 ZD14-54mmⅡ(54) f10 1/160秒 ISO800

手をついた水底で、暴れる者もいます。





今度は、小型個体が群れていました。

130504-165.jpg
E-620 ZD14-54mmⅡ(54) f8 1/180秒 ISO500

130504-167.jpg
E-620 ZD14-54mmⅡ(54) f8 1/180秒 ISO500




2013/05/04撮影 江津湖周辺水路にて

2013.02.02    カテゴリ:  江津湖周辺地域 

   三島製作所

 

母校の出水小学校通りです。


三島製作所130102-1


シェパードが飼われていたものでした。

三島製作所130102-2



ただの町工場ではなかったようです。

三島製作所130102-3



「唐箕(とうみ)」という伝統的な農機具を
作られているようです。

昨年、菊池市での田植えの時に、農機具庫にもありました。

三島製作所130102-4


隣のうなぎ屋さん。

三島製作所130102-5


食堂。

三島製作所130102-6



みながかつて水に親しんでいた名残を感じます。



2013/01/02撮影 熊本市出水にて

2013.01.02    カテゴリ:  江津湖周辺地域 

   正月休み

出水神社に初詣に行きました。
江津湖の源流ともいえる池があります。

2013元旦-1
2013元旦-2

水前寺成趣園(水前寺公園)の池には
コイ、フナ、ウグイオイカワカワムツなどが泳ぎます。

山渓カラー名鑑「日本の淡水魚」でも
水前寺公園で撮られたギンブナなどの写真が掲載されていますね。





かつて、スイゼンジノリを産していた名残がありました。

2013元旦-3

この庭園の池も湧水量が激減し、
明らかに水位が下がってきています。





かつてこの橋の下に潜り込んで遊びました。

2013元旦-4





かつてこの山に駆け上りました。


2013元旦-5





このあたりは一度調べてみたいです。

2013元旦-6




観光客が多く、
観光気分になってきました。


昼からこれ・・・

2013元旦-7


2013/01/01撮影 出水神社・水前寺成趣園にて

2012.12.17    カテゴリ:  江津湖周辺地域 

   ゆりかごと芝生広場

今日は少し暖かい1日でした。


ピンと張り詰めた冬の寒さも良いですが、
やっぱり暖かい方がいいです。



8月の上江津湖です。


江津湖エノキ0-120826


向こうに見える山は金峰山(標高665.2m)。
自分にとって、なんとなく高さの基準となっています。




このエノキも立派です。
苔むした幹の感じなど惹かれます。

江津湖エノキ2-120826



この場所にきれいな芝生広場が造成される前は、
砂取小学校の学習田をはじめ、
水田や畑がありました。

農地の周囲は湿地帯で、
叔父とガマの穂を採りにきていたのも遠い記憶です。




1975年(昭和50年)3月頃に撮影された
上江津湖周辺の航空写真です。

航空写真S49cku-74-22_c51_17zoom



湖岸からほど近いところに、農地があります。
増水時には冠水するところなので、
たくさんの生物がそこで育っていたのではないでしょうか。



明治から大正初期の古い絵はがきにも
下江津湖岸の水田が写っています。

絵はがき-下江津湖岸の水田-200
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現在の江津湖は、便利な駐車場や芝生広場を得た代わりに、
生物の貴重な繁殖場を失ったのかもしれません。

トノサマガエルやドジョウは江津湖では見かけなくなりました。





人の利用しやすさが向上するのは肯定すべきことですが、
代わりに失われるものを評価し、やるやらないを吟味することも大事と思います。

芝生広場の代わりはありますが、
生きものの住む江津湖はここにしかありません。


さらには、
『江津湖の広場がジュクジュクしていて、犬の散歩がしにくいので何とかして欲
しい』という要望もあるそうです。


こんなリクエストは、
耳を傾ける価値があるのでしょうか。



2012/08/26撮影 江津湖にて


航空写真:
国土交通省国土政策局国土情報課 国土情報ウェブマッピングシステムより引用

2012.05.14    カテゴリ:  江津湖周辺地域 

   旧熊本市史より公園化せんとする江津湖

昭和の初め頃、熊本の都市計画において、
水前寺・江津湖の大公園化構想があったようだ。


「江津湖一帯の公園計画は、公園総面積約五十四万坪(内、湖水面十九万坪)で、神水よりの入口を表門とし、施設としては、中央広場(芝生花壇)・慰楽館(屋内遊戯・軽飲食場)・屋外音楽堂・野外劇場・児童夏期体操場・動植物園・散策地(現在の如き田園を一部保存して)・青老年用自由遊戯遊動場・テニスコート八個・水泳場・日光浴・空気浴場・ピクニック摘草野原(場合により野球の如き重運動を此処に許可する)・魚釣場・ボート場・共同舟溜り・上流料理店街等がある、(昭和六年二月、内務省内、都市研究会『熊本市郊外江津湖を中心とする敷地計画、特に其の公園系統に就て』による)」


何も江津湖に作らなくても、と言いたくなるようなものや、
よく分からないものもあるが、
実は自分が幼少期に恩恵を受けていたりするのかも知れない。
この計画の一部は実現しており、
もしかすると言葉に表せないほどお世話になっているのかも知れないのである。

もはやそれほど昔のお話でした。



参考文献:
熊本市史復刻版 熊本市役所編纂 昭和四八年四月二五日発行 p.987

2011.11.14    カテゴリ:  江津湖周辺地域 

   水路のホザキノフサモ

11月8日。

もう立冬だが、日中は気温が上がり、夏のような日差しで日焼けしてしまった。

江津湖近くの水路では、青々としたホザキノフサモが流れに揺れていた。

ホザキノフサモ-111108


この水草は、江津湖ではそう多くは見かけない。
たかがホザキノフサモ、されどホザキノフサモ


2011/11/08撮影 江津湖近くの水路にて



2011.04.28    カテゴリ:  江津湖周辺地域 

   河童堀

河童堀。
それは出水方面から江津湖上流部に流入する水路。

カッパ堀14-090714
▲ 出水小通りからみた河童堀 2009/07/14撮影



熊本の実家の前を通っており、
個人的には最も身近な水路だった。

たまにはこの由緒正しい農業用水路について書いてみよう。
(長くなるけど)


水路の始まりは、白川の渡鹿堰から引いた水で、
大井手から分かれて大江、九品寺、白山あたりを経由して、国府、出水地域まで流れ着く。

カッパ堀09-100814
▲ 白川の渡鹿堰 2010/08/14撮影

カッパ堀11-100814
カッパ堀12-100814
▲ 渡鹿堰にある記念碑の説明書き 2010/08/14撮影

カッパ堀13-100814
▲ 渡鹿を流れる大井手 2010/08/14撮影

カッパ堀04-090714
▲ 国府を流れる河童堀 2009/07/14撮影



そして最後には、
加勢橋の50mほど上流の児童公園脇から加勢川に流れ込んでいる。


カッパ堀02-090626
カッパ堀01-090626
▲ 加勢川と合流する河童堀 2009/06/26撮影



時代をさかのぼり、
例えば戦後の河童堀はどうだったのだろうか。

父の話では、羨ましいことに、我が家の庭に湧水の池があった。
また文献によると、同じように井戸や池のある周辺の家々から清水が流れ込み、
河童堀は相当の水量があった。

そして両岸は現在の国府高校あたりまで立派な石垣で護岸され、
いくつかある水門が周辺の水田を潤し、
水門のたまりでは子供から大人までが釣りや魚採り、水泳に興じたという。
ウナギやドジョウなどの色々な魚が、
河童堀にはたくさんいたらしい。



そして私の小学生時代(1980年代)、
河童堀は古い石垣を残しながらも、下の方は犬走りが作られ、
コンクリートで固められており、
ゲート(水門)が1カ所に残されていたのを覚えている。
すでにこの時、周辺の都市化と生活排水の流入でミズワタに覆われ、
河童堀はドブ川となっていた。

それでも私たちは犬走りを走り回り、
網を持ってフナを追いかけた。

大雨であふれると学校に行けなくなるのを喜び、
魚が江津湖から上ってくるのを待ち、
調子に乗って家の前でハヤ釣りまでやってみた。
増水した河童堀には、
ヤマトシマドジョウがたくさん遡上してきていた。

ちなみに、この当時の護岸の石積みは、
チャンポンで有名な”天龍”の亡くなったおじいさんが
石工職人時代に積み上げたと聞いた。



そして、現在。
30年前のミズワタがあふれていた頃と比べると、
下水道普及のおかげで水質はかなりよい。
ただし、周辺の家々にかつてあった井戸や湧水は水量が減り、
埋め立てられてしまった。
農地の減少により、かんがいの必要性も薄れ、
水量は季節によってはかなり少ない。

カッパ堀05-090714
▲ 夏の河童堀 2009/07/14撮影


実はコンクリート護岸の根元にはすき間があり、
コイやフナ、ナマズ、オイカワ、スッポン、
ヨシノボリ、スジエビなどがわずかに隠れている。
特に、堀にかかる橋の下は魚が集まる。

カッパ堀06-090714
▲ 河童堀にかかる橋の下 2009/07/14撮影


オオカナダモやエビモなどの水草も点在する。


ゴミを捨てる人はいるが、
夏には各家庭の橋の上から、
子供たちが花火を楽しむ。

カッパ堀08-090815
▲ 河童堀で楽しむ花火 2009/08/15撮影

そしてやはり、
今でも網を持って魚を追う子供を見かける。



河童堀は基本的には農業用水路のため、
渡鹿堰土地改良区が管理していると思う。

カッパ堀07-090714
▲ 夏の河童堀 2009/07/14撮影


江津湖から河童堀への魚の遡上を妨げるものはほぼないので、
三面コンクリートとはいえ条件を整えれば、
きっといきもののあふれる楽しい場所になると思う。


もし許されることなら
捨て石や乱杭を配し、
二枚貝や水草が住めるよう砂だまりを設け、
いろいろ生物の隠れ家をつくりたい、
と虎視眈々と妄想してしまう。



参考文献:「河童堀」昔今!松原健治氏著(江津湖 第5号 1991 江津湖研究会)



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